〔裁判例9〕東京地判平成22・1・15判事WL

  所有者Y1とその代表者Y2は、それぞれの所有地(本件土地)の売却仲介を仲介業者Xに委託し専属専任媒介契約を締結した。同契約書には本件土地の売却が事業用地の買換えを条件とすることなどの特約が記載されていた。買受希望者AはYらに買付証明書を交付し、YらはAに売渡承諾書を交付した。A側の仲介業者Bが作成した売買契約書案1は土壌汚染調査費用・処理費用をAの負担としていたが、その後、BがXの面前でYらに渡した売買契約書案2はYらの負担とされていた。Yらがこれを指摘したが、Xはその相違を認識しておらず、Bのワープロの打ち間違えであると説明した。Yらは、土壌汚染関係の費用負担について売買契約書案2が売買契約書案1よりもYらに不利に変更されていることになどを理由に本件売買契約書案の締結を拒否した。Xは、Yらに対し、①首位的に本件売渡承諾書の交付をもって売買契約・売買予約が成立したとして報酬請求し、②予備的にYらの契約締結の拒否が信義則に反するとし民法648条3項の推進適用に基づく約定報酬請求、③民法651条に基づく損害賠償請求をした。

  裁判所は、①について、「売買契約が成立したといえるためには、契約の中心部分の給付内容を確定できるだけの内容的確定性と、即時に効果を発生させ、その法的拘束力を引き受けるという意思を伴う合意の終局性を要する」。「YらとAは、買付証明書・本件承諾書の交付の後、本件土地の売買について契約書を作成することを予定していたものである。そして、本件承諾書交付の時点では売買目的物と代金額がおおむね確定されていたものの、本件土地の引渡方法、移転登記の時期などの不動産売買の一般的に主たる要素と言える点について確定していたことは認められないし、本件承諾書とその後の土地売買契約書案とでは、売買代金の支払方法も異なっている(厳密にいえば代金額も異なっている)」。さらに「埋設物処理の費用及び土壌汚染関係費用の負担に係る条項も本件承諾書には記載されていない」こと、Yの代替地の取得は重要性を有するものであるところ、「取得不能時の売買契約関係の処理も本件承諾書交付の時点で確定しなかったこと」などから、「本件承諾書に『下記条件で・・・売渡すことを約します。』との文言の下、代金額とその支払い方法が記載されていたことを考慮しても、売買契約の成立を認めるに足りる、給付内容の確定性、合意の終局性は認められない。」売買予約の成否について、Xが主張する売買の予約には、「成立する売買契約の給付内容が確定していること、契約の一方当事者による予約完結権の行使により売買契約の拘束力を発生させることを是認するだけの意思」を契約当事者が有していたものとは認められず、本件予約契約の成立も認められないし、Yら、Xのいずれも予約完結権を行使した様子がない。②について、「本件媒介契約においては、Xの報酬請求は、Xの媒介によって本件土地の売買契約が成立したときに可能になり(専属約款8条1項)、Xが契約の媒介に当たって支出した費用の償還請求は原則的にできず、報酬から回収することが予定されていると解される(同約款13条参照)。これらからすると、本件媒介契約におけるXの報酬は、成功報酬の性質を有するものと言える。また、本件媒介契約は、Yらに対し、Xの関与の下で本件土地を売買することこそ義務付けるが、Yらの契約相手の選択権を特に拘束していないから、本来的に、Xが媒介契約上の義務を尽くしても、Yらの選択によって契約が成立しないことがあり、その場合には報酬及び費用すら請求できない可能性があることを予定している。上記の本件媒介契約の内容からすれば、Xの活動によって本件土地に係る売買契約が成立する蓋然性が高まった上記売買の契約締結を拒否したことのみをもって、本件媒介契約当事者間の信義則に反するとはいえない。また、成功報酬を前提としない委任、準委任について、これが終了した場合の割合報酬を定める民法648条3項を類推適用する基礎があるとも言い難い」。③については、「Yらは、Xに対し、代替地を確保することを本件土地売却の前提条件として、本件土地の売却の媒介を委託したもので、代替地の目途が立たない状態で本件土地の売買契約を締結する意思はなかったところ、Xは、本件土地の状況やY1の資金繰りなどに照らして、代替地の目途をつけた上で本件土地を売却することはほぼ不可能との認識の下、Yらの納得を十分に得ることなく、代替地の具体的目途がつかなくとも本件土地の売買契約を締結する方針でAとの交渉を進行させ、Yら側がこれに難色を示していても、なお、その方針を維持し、AとYらが側の面談の際にも、Yら側が代替地の確保の目途が立っていないことを理由として本件土地の売買契約の締結に難色を示しているのに対して、その意向に沿った交渉態度をとらなかったものといえ、委託者であるYらの基本的な意図に十分に沿わない任務遂行態度を採っていたものと評価できる。また、契約書1、2の相違は契約の可否を左右しうる程度の重要事項にかんするもので、ワープロの打ち間違えによるものとも直ちに認め難いものであるから、仲介業者であるXが、A側に特に確認することなく契約書1と同内容と考えて、内容確認をしないまま契約書2をA側から直接委託者であるYらに交付させ、Yらから指摘されるまで上記の内容の相違に気づいていなかったことは、YらのXに対する信頼を多分に傷付け得るものといえる。[これからすれば]Yらの本件媒介契約の解除については、仮に無催告での債務不履行解除が認められず、これを任意解除と評価しうるとしても、Xにおいて、委任契約(準委任契約)の基礎となる契約当事者間の信頼関係を損なう事由があり、委任関係を解消することについて『やむを得ない事由』(民法651条2項ただし書)があったといえる」とし、Xの主張を排斥し、Xの請求を棄却した。

投稿者プロフィール

弁護士 鈴木軌士
弁護士・宅地建物取引主任者。神奈川県にて25年以上の弁護士経験を持ち、特に不動産分野に注力している。これまでの不動産関連の相談は2000件を超え、豊富な経験と知識で依頼者にとって最良の結果を上げている。

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