借地契約書に増改築禁止特約が存在していたにも関わらず、地主に無断で比較的大規模な内装リフォームを行ってしまい、地主から増改築禁止特約違反で借地契約の解除を求められたが、解除は認められず、借地から退去することと引き換えに相場以上の立退料をもらえた事例
借地契約書に増改築禁止特約が存在していたにも関わらず、地主に無断で比較的大規模な内装リフォームを行ってしまい、地主から増改築禁止特約違反で借地契約の解除を求められたが、地主主張の「解除」は認められず、借地から退去することと引き換えに相場以上の立退料をもらえた事例
第1 依頼内容と結果
住宅地に存在する借地(普通借地・建物所有目的・期間20年(契約書上)・増改築禁止特約付)に建物を立てて住んできた依頼者の長谷川様(仮名)は、長女が結婚して親元を離れ、長男は進学して一人暮らしを始めるということで、子ども2人が実家から居なくなることを機会に借地上の自己名義の建物を大幅にリフォームしました。具体的には、お風呂場、トイレや流しなどの水周りを刷新し、部屋の間取りを大きく変え、子ども部屋としてかなり広く取られていた分を、リビングと夫婦の寝室を増床する形で変更しました。当然、間取りの変更に伴い、壁や柱の撤去や新設をしたという事実はありました。
ただ、リフォームの範囲は内装に留まっていました。というのも、数年前に地主の承諾を得た上で、屋根の張替え、壁への塗装、雨戸入れの若干の補修等は済ませていたので、外装は変える必要がありませんでした。地主の方は、少し離れていた場所に住んでいたため、今回の内装工事には気づきませんでした。ところが、たまたま地代の値上げ等交渉をしに来た時に建物の内装が大きく変わっていることに気づき、上記外装の時に承諾を求めてきたことからも、当然一言地主の了解を得て然るべきだと激怒し、今回の内装リフォーム工事をもって、「増改築禁止特約違反」にあたるとして、借地契約の解除・建物の収去および土地明け渡し請求の訴訟を起こしてきました。この訴状が届いた長谷川様が大慌てで当事務所へ駆け込んだことから、アドバイスをし、被告代理人として訴訟を受任することになりました。
一見すると、字面の通り、「増改築」禁止特約に違反したかのように思われます。そのため、地主の上記請求も認められるかのように思われます。しかし、本当にそうでしょうか。そもそも増改築禁止特約が、借地契約書に特約として入れられるようになった趣旨は、建物が朽廃しなければ、建物が存続している限り、旧借地法上の借地であれば、法定更新により、ほぼ永久に借地契約が継続してしまうところ、仮に合意更新であれば、例えば木造であれば、20年の更新期間ごとに、支払い合意があれば地主が更新料を受領できることに比べて、上記法定更新の場合にはこのような更新料も受領できない可能性があるため、更新料に代わって地主が、建物が朽廃しないようにする行為、すなわち「増改築」をする場合には、「立替承諾料」という形で金銭を受領しようということに目的があります。
このように、更新料と立替承諾料は、その法律上の目的や実質的意味がほぼ共通のため、金額も実務上ほぼ同等とされています。このような増改築禁止特約の趣旨からすれば、ここで禁止される増改築とは、更新と同じような効果をもつ増改築、すなわち建物の構造体、ないし枢体の存続に影響を及ぼしうる増改築に限定されるはずです。以上の理屈を裁判中で被告側からの主張として出し、主張立証活動としては専ら上記内装リフォーム工事が上記構造体ないし枢体に影響を及ぼし得るものではないという点に絞って行いました。
その結果、裁判官も基本的には当方の主張、立証を理解してくれ、「原告(地主)側に対して、判決になったら請求棄却もありえるかもしれないが、このまま訴訟を続けるかどうか」といった質問を原告被告の双方に対してしてきました。この質問をされた地主側ですが、やはり簡単には借地が返還されるという望みは捨てきれないと見え、今度は「立退料を払っても良いから、借地は返して欲しい」という提案をしてきました。これに対して、むしろ借地人である長谷川様の方が大いに悩みました。というのは、上記事情で自分たちの好みへ費用をかけて内装リフォームをしたばかりであり、何よりも子どもたちが独立したことによって、夫婦のための空間を広げたり、自分たちのまさに「好み」どおりにリフォームしたばかり、ということに相当こだわりがあったからです。そこで、当職は長谷川様に対し、次のような説得ないし提案をしました。
1 おそらく判決にまでなった場合は請求棄却にはなるだろう。
2 ただ、法律上は上記1の結果になるにしても、今回のように自分たち(=借地人側)が折角、気に入るように専ら内装のリフォームをかけただけでも一々文句を言ってくる地主との関係を今後も続けるのかどうか。
3 このような、地主側からの文句に対しては、借地人側は、本来、建物は自分の物であるため、「自分の物に自分が手を加えて何が悪い」という発想をもつだろう。
4 ただ、借地契約書の中に増改築禁止特約が入っていると、(上記の通り更新と同等の効果をもたらす場合に限定されるが)建物に手を加えることに対して、地主の許可を書面でもらわなければいけないという問題が将来もずっと残り続ける。
5 以上の問題は、そもそも借地だから発生することであるがゆえに、これをきっかけに借地関係の解消をいっそのこと考えてはどうか。
以上の1から5の説得ないし提案を聞いた長谷川様は、「しばらく考えさせてくれ」と言われ、家族間で約1ヶ月ほど検討されたようです。もちろん最初は上記事情からリフォームしたこともあり、自宅に非常に愛着をもっておりましたが、その愛着を上回る嫌悪感を地主に対して持ったのでしょう。結局は、自分たちの所有物であるにもかかわらず自分の好きなようにできない、という不満が徐々に膨らんでいき、約1ヶ月後には「もらえる金額が、それなりの金額になるのであれば、借地からの退去を考えても良い」と仰るようになりました。
そこで、この長谷川様からのご回答を聞き、当職は、地主からもらえる立退料を極力増やさなければと思い、次のような理屈を考えました。
1 普通借地の借地権を有している以上、更地価格の60%程度をそもそも権利として有しているように、相続税や贈与税の場面で国は考えている。
2 今回、建物も地主側が譲り受け、解体せずにそのまま利用していくということであれば、こちらがかけたリフォーム費用代位は出してもらいたい。
以上の2点を地主側にぶつけました。すると、
1 更地価格の捉え方にもよるが、適正な更地価格の50%程度であれば、立退料として払っても良い。
2 リフォーム代も耐用年数20年として、(リフォーム代×20分の1×リフォーム後の経過年数)分を減価償却した金額であれば、立退料に上乗せして払っても良い。
の2点の回答がきました。そのため、当職は長谷川様を次のように説得しました。
上記1については、地主側と円満に解決する場合に、更地価格の60%を払ってくれる地主はまずいないということを先ず伝えました。上記の相続税等での場面での扱いは、あくまでも地主側所有の底地を、借地権が存在することを理由として減額評価する際に用いる理屈に過ぎない、と少なくとも多くの地主は認識しております。この点からすると、実際、50%を払ってくれるという場合でも借地人側はありがたく思った方が良いものです。
また上記2については、そもそも借地契約によって、借地人は原状回復義務を負っているため、残す建物のリフォーム代を請求できるはずがありません。借地契約時の原状(=通常は更地)に回復させて土地を返還しなければなりません。そして、仮に減価償却後の建物であっても、その理屈は変わりません。ということは、上記2の地主側提案は、たまたま、地主側がリフォーム後の間取りを見て気に入って代金を支払ってくれるという、非常に恵まれたケースです。この場合、建物そのものの価値も問題になるかのようにも思えますが、建物自体は築40年が経過しており、価値はほとんどありませんでした。
上記2点の説得をしたところ、長谷川様も理解をして下さり、更地価格の50%と上記減価償却後のリフォーム代をもらうことと引き換えに、借地上の建物から退去する形で裁判上の和解が成立しました。これによって、長谷川様が得ることができた和解金は、約2000万円の純粋な立退料と減価償却後のリフォーム代約500万円の合計約2500万円でした。
第2 ご相談内容(事案背景),解決方法,費用と時間と得られた利益
上記の通り、本件は
1 増改築禁止特約違反の解除は認められない。
2 立退料および減価償却後のリフォーム代の受領と引き換えに借地(上の建物)からの借地人の退去が認められた。
という事案で、当職の依頼人である借地人側のために地主側の譲歩を上手く引き出せた事案だったと思います。裁判上の和解が成立するまでに、提訴時から約1年ほどの時間がかかりましたが、これは内装リフォーム部分の具体的な特定や内装リフォーム費用の内容の精査をすることに多少時間を要したためです。しかし、最終的に上手く和解をまとめることができ、長谷川様は現金約2500万円を手に入れることができました。
ちなみに、この件は、借地人側からすれば、せっかく気に入った内容で自宅を内装リフォームをかけたところで地主から横槍を入れられ、うんざりし、「今後、地主と長く付き合っていきたくない」という意思を強くお持ちになったケースで、この意思ないし地主に対する嫌悪感を当職は尊重しました。
この2500万円の一部を頭金にし、長谷川様は今や新築の一戸建て(土地も自分名義)に住んでいて幸せである旨のご連絡を後に頂きました。
3 依頼者の支払った弁護士費用と時間,およびそれにより得られた利益
今回の長谷川様には、弁護士費用として、着手金と報酬金を合わせて、約250万円をお支払いいただきました。裁判には1年程度かかりました。それでも、更地価格の50%程度の借地権価額相当の立退料と(減価償却後の)内装リフォーム代の合計2500万円を長谷川様は得ることができました。
投稿者プロフィール
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弁護士・宅地建物取引主任者。神奈川県にて25年以上の弁護士経験を持ち、特に不動産分野に注力している。これまでの不動産関連の相談は2000件を超え、豊富な経験と知識で依頼者にとって最良の結果を残している。
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